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2012年01月31日

独学院 不能犯から

こんばんは、参りましょう。

<不能犯>

 不能犯とは、行為者が、本来、犯罪を完成させる危険性を含んでいない行為によって、犯罪を実現しようとする場合をいう。不能[犯]と呼ばれているが、犯罪ではなく、不可罰とされる。
 例えば、いわゆる「丑の刻「[うしのこく]参り」によって、人を呪い殺そうとするような場合である。

<なぜ「未遂犯→可罰、不能犯→不可罰」とされるのか>

 不能犯は、行為者としては犯罪を実現する意思を持って当該行為を行ったが、その行為の性質上、犯罪事実の現実的危険性が極めて希薄であるため、実行の着手すら認められず、未遂犯にもならない場合である。現行法上明文規定はないが、不可罰と解されている。
・未遂犯・・・行為に法益侵害の結果発生の現実的危険性が含まれる→実行行為性肯定
・不能犯・・・行為に法益侵害の結果発生の現実的危険性が含まれない→実行行為性否定

※ 方法の不能と客体の不能

 不能犯には、「方法の不能」と「客体の不能」とがある。
 おもちゃのピストルで人を殺そうとするような手段に関する不能を、「方法の不能」という。これに対して、布団の中に人がいると思ってピストルの弾を撃ち込んだが、人がいなかったような場合を、「客体の不能」という。

<不能犯と未遂犯の区別の基準>

 不能犯については、未遂犯との区別が重要である。
 法益侵害の結果発生の現実的危険性があるかにより区別する。

 危険性が「ある」行為→未遂犯
 危険性が「ない」行為→不能犯

 問題は、どのような場合にその危険性があると判断するのかである。

<判例の立場〜絶対的不能・相対的不能説>

 判例は、行為時に存在する全事情を基礎として、行為を事後的に観察して、その客体又は手段の性質からして、結果の発生が「絶対的に不能」の場合を不能犯とし、結果発生が「相対的に不能」であったにすぎない場合を未遂犯とする立場[絶対的不能・相対的不能説]を採用してきたと評価できる。

・「絶対的不能」とは、およそ客体が存在する可能性がない場合や、およそ方法が不能である場合をいう。

・「相対的不能」とは、たまたま結果が発生しなかったが、場合によっては結果が発生する可能性があった場合をいう。

≪未遂犯の成立が否定された事例≫

 他人を殺そうと硫黄をのませたケースについて、殺害の方法として硫黄をのませる「方法が殺害の目的を達成するにつき絶対不能だとして、殺人未遂の成立を否定した。

≪未遂犯の成立が肯定された事例≫

 殺害の意思で、被害者の静脈に空気を注射したが、空気の量が致死量に至らなかったケースについて、静脈内に注射された空気の量が致死量以下であっても、科学的に判断して死の結果が発生する危険が絶対に無いとはいえない、として殺人未遂罪が成立するとした。

※ 絶対的不能に当たるとして不可罰とされた例は少ない。
※ 学説からは、絶対的不能か相対的不能かという区別の仕方はあいまいであると批判されている。

<具体的危険説>

 学説では、主に具体的危険説と客観的危険説が対立する。

 具体的危険説とは、行為当時において「一般人が認識し得た事情」及び「行為者が特に認識していた事情」を基礎として、「一般人が結果発生の危険を感じる場合」を未遂犯、そうでない場合を不能犯とする見解である。
 この具体的危険説が、現在の通説といわれている。

※ 具体的危険説による結論

≪事例≫

 Xは、Yに毒を盛って殺害しようと企てた。「青酸カリ」というラベルの貼られた瓶の中の粉末を青酸カリと信じて、Yに飲ませた。しかし、その瓶には「青酸カリ」ではなく、誤って砂糖が入れられていた。行為当時、行為者だけでなく、一般人の目からも、中身は「青酸カリ」だとしか見えなかったという場合、「中身が砂糖だ」という事実は、行為者も知らず、一般人も知りえない事実であったので、判断の基礎事情に加えない。「『青酸カリ』というラベルの貼られた瓶の中の粉末を飲ませた」という事情を基礎として判断する。その事情を基礎として判断すると、一般人が結果発生の危険性を感ずるといえる。したがって、殺人罪の実行の着手が認められ、殺人未遂罪が成立する。

≪事例2≫

 通常、人に砂糖を与えても、殺人罪の実行の着手とはならない。しかし、被害者が糖尿病であることを知りながら行為者が砂糖を与えた場合であれば、殺人罪の実行の着手となりうる。行為者が特に認識していた「被害者の糖尿病」という事情を基礎とすれば、「砂糖を与える」という行為には、一般人が結果発生の危険性を感じると言えるからである。

 これに対して、客観的危険説という場合が対立する。
 客観的危険説とは、行為当時に存在していた全ての事情を基礎として、客観的に結果発生の危険のある場合を未遂犯、ない場合を不能犯とする見解である。判例のとる相対的不能・絶対的不能説も、この客観的危険説に属する。

≪具体的危険説≫

@危険性の判断資料 行為当時に一般人が知り得た事情及び行為者がとくに知り得た事情
A危険性判断の基準時 行為時
B危険性判断の基準 一般人が危険の感ずるか

≪客観的危険説≫

@危険性の判断資料 行為当時の存在した全事情
A危険性判断の基準時 行為時
B危険性判断の基準 裁判官が一般人の視点で科学的・合理的に判断


■ 電気配線を直結する方法によってエンジンを始動させ、他人の自動車を窃取しようとしたが、たまたまその自動車の電池がきれていたために、エンジンを始動させることができなかった場合、窃盗の未遂となる。

<解説>

 設問の自動車は、電池が切れてエンジンを始動させることができなかったのであるから、そもそもこの自動車を窃取することは不能であり、窃盗罪の未遂犯ではなく、不能犯として不可罰ではないかが問題となる。

 判例は、未遂犯と不能犯との区別について、いわゆる絶対的不能・相対的不能説をとっていると評価されている。すなわち、行為時に存在する全事情を基礎として、行為を事後的に観察して、その客体又は手段の性質からした、結果の発生が絶対的に不能の場合を不能犯とし、結果発生が相対的に不能であったにすぎない場合を未遂犯とする。

 設問では、窃取しようとした自動車は、たまたまその時電池が切れていただけであり、結果発生が相対的に不能であってにすぎない。したがって判例の趣旨によれば、設問においては、窃盗未遂罪が成立する。 

■ 殺人の目的で炊飯釜の中に青酸カリを入れた結果、炊いた米飯が黄色を呈し、臭気を放って人が食べるおそれが少ない場合でも、殺人未遂になる。

<解説>

 設問では、青酸カリを入れたことで炊いた米飯が黄色を呈し、臭気をはなってしることから、誰も食べるおそれはないとして、殺人未遂罪ではなく、不能犯として不可罰ではないかが問題となる。

 判例は、未遂罪と不能犯との区別について、いわゆる絶対的不能・相対的不能説を採っていると評価されている。すなわち、行為時に存在する全事情を基礎として、行為を事後的に観察して、その客体又は手段の性質からして、結果の発生が絶対的に不能の場合を不能犯とし、結果発生が相対的に不能であったにすぎない場合を未遂犯とする。

 設問においては、確かに炊いた米飯が黄色を呈し、臭気を放っていれば、食べることを避けることが多いと考えられる。しかし、変わった炊き込みご飯と認識して人が食べてしまうことも十分に考えられ、結果発生が絶対的に不能とまではいえない。したがって、設問においては殺人未遂罪が成立する。

つづく・・・
ラベル:刑法
posted by 94条2項の類推適用されずじまい at 21:58| Comment(0) | 刑法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

独学院 中止犯から

参りましょう。

<中止犯>

 中止犯とは、犯罪の実行に着手したが、行為者が「自己の意思により犯罪を中止した」場合をいう。
 中止犯が成立すると、「必ず」刑が減軽又は免除される[刑の必要的減免事由」。
 障害未遂の場合には「刑を減軽することが「できる」[刑の任意的減軽事由]とされていることと比べて、極めて寛大な取扱いがなされている。

<中止犯の刑が必要的減免とされる理由>

 中止犯が成立すると、その刑が必要的軽減が認められるのはなぜか。
 その根拠を説明する考え方としては、≪政策説≫と≪法律説≫に大別することができる。

 ≪政策説≫とは、中止犯に刑の必要的減軽が認められるのは「刑事政策的理由」によると説明する見解である。中止犯を寛大に扱うことにより、犯罪の実行に着手した者に犯行を思いとどまらせようとする趣旨だと解するのである。

 ≪法律説≫とは、犯罪の成立要件との関係において、中止犯の法的性格を考慮する見解である。
 この説は、中止行為により行為の違法性が減少するとする違法性減少説と、中止行為により行為者の責任が減少するという責任減少説に分かれる。

≪違法減少説≫・・・故意は主観的法要素※である。故意が放棄されたことによって、違法性が減少する。

≪責任減少説≫・・・中止行為によって示された行為者の人格態度によって、責任が減少する。

※ 「主観的違法要素」とは、行為者の主観で、行為の違法性に影響を与える要素をいう。

<自己の意思により>

 中止犯の成立要件としては、「自己の意思により」「犯罪を中止した」ことが必要である。
 このうち、「自己の意思により」について、判例は、「外部的障害がないのに、行為者みずからの自由な意思で実行行為を取りやめるか、あるいは、結果発生を防止した場合をいう」と解している。

 「外部的障害」とは、経験上一般に犯罪の遂行を妨げる事情をいう。通常人であれば、そのような事情を知ることによって犯罪の実行を中止するであろうと認められるような事情である。

≪「自己の意思により」と認められない事例≫

・被害者に流血のほとばしるのを見て翻意し、犯罪を中止した場合
・犯行の発覚を恐れて、犯行を中止した場合
・強盗の目的で、甲方に侵入し、女性1人だけだと思って脅迫を加えたところ、隣室にその夫がいる事情を知って、その後の犯行を断念した場合、強盗の中止犯にならない。

 「自己の意思により」の意義について、学説は、主観説、客観説、限定主観説に分かれて対立する。

≪主観説≫

 外部的障害が行為者本人にとって犯行の妨げとなるような事情であるかを基準とする。フランクの公式という考え方も、この主観説に属する。
 行為者本人にとって犯行の妨げとなるような事情がある場合に中止したとしても、中止犯は成立しない。そのような事情が無いにもかかわらず、中止した場合には、中止犯が成立する。

※フランクの公式

 「たとえなしうるとしても、なしとげることを欲しない」場合に任意性があり、「たとえ欲したとしても、なしとげることができない」場合には、任意性はない。

≪客観説≫

 外部的障害が通常一般人にとって犯行の妨げになるような事情であるかを基準とする。
 通常一般人にとって犯行の妨げとなるような外部的障害がある場合に中止したとしても、中止犯は成立しない。そのような事情がないにもかかわらず、中止した場合には、中止犯が成立する。

≪限定主観説≫

 行為者本人にとって外部的障害がないにもかかわらず中止したというだけでは足りず、広義の後悔[悔悟、同情、憐憫など]にもとづいて中止したことを要するという考え方。主観説よりも、「自己の意思により」を「狭く限定」して考える。

※ 判例

 ≪客観説≫に立つものが多いとされるが、≪主観説≫に立つとみられるものもあるとされ、一貫していないと評価されている。

<学説の対応関係>

 中止犯の要件である「自己の意思により」について、行使者本人が犯罪の完成を妨げる認識を有していたか否かを基準とする見解は、中止犯の根拠について責任が減少すると解する立場と結びつきやすいが、違法性が減少すると解する立場からも、この見解をとることは可能である。

 中止犯の刑の必要的減免の根拠について、政策説、責任減少説、違法性減少説があった。どのような場合に「自己の意思により」と認められるかとういう問題の説明については、主観説、客観説、限定主観説が対立する。「行為者本人が犯罪の完成を妨げる認識を有していたか否かを基準とする見解」とは、主観説である。

 確かに、「責任減少→主観説」、「違法性減少説→客観説」のように結びつきやすいと言われている。しかし、「責任減少説→客観説」「違法性減少説→主観説」と結びつける考え方もある。

≪責任減少説→客観説≫

 通常、「違法性は一般人を基準として客観的に判断し、責任は行為者本人を基準として個別的に判断する」と解されているが、「責任も一般人を基準に判断する」という考え方もあり、この考えによれば、「責任減少説→客観説」という結びつきもありうる。

≪違法性減少説→主観説≫

 違法減少説は「自己の意思により」を「主観的違法要素」と捉え、行為者が犯罪の意思を放棄したことにより行為の違法性が減少すると捉える考え方である。
 違法減少説にも二通りの立場があって、行為無価値論をベースとするもの、結果無価値論をベースとするものがある。

≪A説≫

 結果無価値論ベース→未遂犯の故意、目的犯の目的など、一定の場合に限って、主観的違法要素を認める→「自己の意思により」について、客観説


≪B説≫

 行為無価値論ベース→主観的違法要素を広く認める→「自己の意思により」について、主観説
 ≪B説≫の立場からすると、「自己の意思により」について、行為者本人の認識を基準とする主観説を採っても矛盾はない。
 したがって、「違法減少説→主観説」という結びつきもありうる。


<中止行為>

 中止犯の成立要件としては、「自己の意思により」「犯罪を中止した」ことが必要である。
 「犯罪を中止した」とは、犯罪の完成を阻止することをいうが、具体的にどのような行為をすればよいかについては、「着手中止」と「実行中止」に分けて考えられている。

 「着手中止」とは、実行に着手したが、実行行為の途中で実行行為を思いとどまった場合をいう。単に、「それ以降の実行を取りやめること」によって、「中止した」と認められることが多い。

 「実行中止」とは、実行行為が終了したが、それにもとづく犯罪結果発生を防止した場合をいう。「中止した」と認められるためには、「結果発生を防止するための積極的な作為」が必要であることが多い。

★ 中止犯も未遂の一場合であるから、たとえ犯行を取りやめたとしても、自らの実行行為によって結果が発生してしまえば、もはや中止犯成立の余地はない。

<中止行為の真摯性>

 中止犯が成立するためには、行為者が結果発生阻止のために、真摯な努力をしたことを要する。判例も同様に解していると評価されている。
 結果発生についての防止行為は、必ずしも犯人自らが行わなければならないものではないが、少なくとも「犯人自身が防止行為を行ったのと同視できる程度の努力」をする必要がある。

≪中止行為の真摯性が認められ、中止犯が成立すう事例≫

 放火した者が、犯行を中止しようとバケツに水を汲んだが、病気により衰弱して独力で消化することができなかったので、大声で隣人を呼び、その助力を得て消化し、家屋を焼損するに至らなかった場合には、真摯な努力をしたものと評価され、中止犯が成立する。

≪中止行為の真摯性が認められず、中止犯が成立しない事例≫

 放火した後に恐怖の念にかられ、「放火したからよろしく頼む」と叫びながら逃げ去ったため、近所の者が消火活動をしたことにより家屋の焼損を免れた場合には、真摯な努力をしたものとは認められず、中止犯は成立しない。

<中止行為と結果発生との因果関係の要否>

 中止犯の成立要件として、中止行為と結果発生との間の因果関係が必要かについては、争いがある。中止行為と無関係な理由により結果が発生しなかった場合にも、中止犯が成立するかという問題である。必要説と不要説が対立する。

≪必要説≫

 中止行為と結果不発生との間に因果関係がある場合に限って中止犯が成立する。

≪不要説≫

 中止犯が成立するのは、中止行為と結果不発生との間に因果関係のある場合に限られない。

※ 必要説は、例えば、AがBを毒殺しようと考えBに一服もったが、その後、「自己の意思により」翻意し、Bを病院に連れて行き医師の治療を受けさせた。しかし、Aがもった毒はもともと致死量に足りないため、結果は発生しないと判明した場合[もともと不能の場合]に不都合が生ずると批判される。毒薬が致死量に達していた場合と比べて不均衡だというのである。


■中止犯が成立するためには、中止行為により犯罪の完成が妨げられたことが必要であるので、殺意をもって被害者に重傷を負わせた後、悔悟して被害者を病院に搬送し、一命を取り留めさせたが、たまたま落雷で病院が火事になり被害者が焼死した場合でも、中止犯は成立し得る。

<解説>

 設問の行為者は、殺意をもって被害者に重傷を負わせており、殺人罪の実行の着手が認められるが、その後、悔悟して被害者を病院に搬送して一命を取り留めさせている。本肢の事情の下では、主観説・客観説・限定主観説のいずれの見解に立っても、「自己の意思により」と認められる。また、被害者を病院に搬送し、一命を取り留めさせた行為は、真摯な中止行為と認められる。よって、中止犯が成立し得る。

※ 被害者が落雷による病院の火災で焼死しているについて

 殺人の実行行為と焼死との間には、落雷という自然的事実が介入しており、相当因果関係が認められない。したがって、行為者は、被害者の死の結果については、刑法上の責任を負わない。

■被害者に傷害を負わせる意図で暴行に及んだところ、被害者が転倒し、頭部から血を流して失神したのを見て、死亡させてはいけないと思い、病院に搬送して治療を受けさせたため、脳挫傷を負わせるにとどまり一命を取り留めさせた場合でも、傷害致死罪の中止犯は成立しない。

<解説>

≪中止行為にもかかわらず、結果が発生した場合→未遂犯は×≫

 中止犯も、あくまでも未遂の一形態であるから、結果が発生しなかったことが必要である。結果発生を阻止するために、真摯な努力をしたにもかかわらず、結果が発生してしまった場合には、中止犯は成立しない。この場合、結果発生を阻止するために真摯な努力をした点は、量刑に際して、行為者に有利な事情として考慮されることになろう。
 設問では、被害者に傷害を負わせる意図で暴行に及び、その結果として被害者が傷害を負っているから、傷害罪の既遂であり、中止犯は成立しない。
 なお、傷害致死罪は、結果的加重犯である。結果的加重犯とは、基本となる故意行為によって重い法益侵害の結果が生じた場合に、その重い結果を重視して刑が加重される犯罪類型をいう。傷害致死罪がその典型例である。
 結果的加重犯に未遂は考えられないので、未遂の一態様である中止犯は問題とならない。したがって、設問の場合において、「傷害致死罪の中止犯」は成立しない。

■中止犯の効果は、行為者が中止した犯罪と併合罪の関係にある別罪には及ばないし、科刑上一罪の関係にある別罪にも及ばないので、窃盗目的で他人の住居に侵入した後、窃盗を中止した場合でも、住居侵入罪については中止犯は成立しない。

<解説>

 中止未遂の効果は、中止した犯罪と併合罪の関係にある他の犯罪についてはもとより、観念的競合や牽連犯等の科刑上一罪の関係にある別罪にも及ばない。

●併合罪

 確定判決を得ていない数罪のこと。

●科刑上一罪

 1人に数罪が成立する場合であるものの、刑を科す上で「一罪」として取り扱われる。「その最も重い刑により処断する」とされる。「観念的競合」と「牽連犯」がある。

●観念的競合

 [一個の行為が二個以上の罪名に触れる」ときのこと。職務中の警察官を殴ってけがをさせる行為については、公務執行妨害罪と傷害罪のニ罪が成立し、両罪は観念的競合となる。

●牽連犯

 「犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるとき」のこと。

 本肢の住居侵入窃盗が既遂になると、窃盗罪と住居侵入罪の二つの犯罪が成立し、両罪は牽連罪となる。
 中止犯の効果は窃盗罪にのみ及び、それと牽連犯の関係にある住居侵入罪には及ばないので、住居侵入罪については中止犯は成立しない。

<予備の中止>

 予備罪の成立後、目的とした犯罪の実行に着手することを任意に断念した場合、予備罪の中止を認めることができるかという問題がある。

≪予備の中止否定説≫

[理由]

 予備罪は、実行の着手前の問題であり、かつ予備行為があれば、予備罪は直ちに犯罪として成立する。

≪予備の中止肯定説[多数説]≫

[理由]

@ 実行の着手後の未遂につき刑の必要的減免という中止犯の恩恵があるなら、その前段階である予備にはなおさら同様の恩恵が与えられるべきである。
A 現行法上、強盗予備罪、通貨偽造等準備罪には、刑の免除規定が存在しないから、予備の中止を認めないと、刑の均衡を失うことになる。

≪判例≫

 判例は、予備罪には中止未遂の観念を容れる余地がないとして、予備の中止を「否定」している。

つづく・・・
 
ラベル:刑法
posted by 94条2項の類推適用されずじまい at 15:05| Comment(0) | 刑法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月28日

独学院 未遂犯総説から

すでに1月下旬です。
参りましょう。

<未遂犯総説>

 未遂犯とは、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」者をいう。
 刑法の各犯罪類型は、通常は、既遂犯の処罰を原則としている。しかし、犯罪が既遂に至らない段階でも、その行為の危険性が著しいものについては、処罰する必要性がある。それが「未遂犯」である。

 ただ、あらゆる犯罪について未遂犯が処罰されるわけではない。刑法44条は、「未遂を罰する場合は、各本条で定める。」と規定している。
 この規定は、未遂犯の処罰は例外的であって、特に未遂犯を処罰する旨の規定がある場合だけに処罰されることを示す。「例外的」と言いつつも、数は多い。
 例えば、刑法243条は、「第二百三十五条から第二百三十六条まで及び第二百三十八条から第二百四十一条までの犯罪の未遂は、罰する。」と定めている。

 未遂犯が処罰されるのは特別の規定が定められているときだけである。
 既遂犯の構成要件を「基本的構成要件」というのに対し、未遂犯や共犯のそれを「修正された構成要件」などという。

<予備・陰謀>

 ある犯罪を実行しようとして準備することを、「予備」という。
 2人以上の者がある犯罪を実行しようとしてその陰謀を行うことを、「陰謀」という。

 犯罪は、それが現実に至るまでには、@犯罪の計画「予備・陰謀」→A実行に着手[未遂の段階]→B結果発生[既遂]の過程をたどる。
 未遂に至る前の段階の@予備・陰謀の段階にとどまる場合には、通常は処罰されない。しかし、例外的に処罰される場合もある。

 予備。陰謀が処罰されるのは、特別な規定のある場合だけである。刑法では、特に重大な犯罪に限って「予備」「陰謀」が処罰される。

・刑法上の予備罪は、次の9つである。

 内乱予備罪[78条]、外患予備罪[88条]、私戦予備罪[93条]、放火予備罪[113条]、通貨偽造準備罪[153条]、支払用カード電磁記録不正作出準備罪[163条の4]、殺人予備罪[201条]、身代金目的略取等予備罪[228条の3]、強盗予備罪[237条]

・刑法上の陰謀罪は、次の3つである。

 内乱陰謀罪[78条]、外患陰謀罪[88条]、私戦陰謀罪[93条]


<未遂犯の構成要件>

 未遂犯も、既遂犯と同様、「構成要件該当性→違法性→責任」の犯罪成立要件を充たす必要ある。未遂犯の構成要件はどのように考えればよいのか。
 刑法43条は、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。」と定めている。未遂犯の構成要件は、既遂犯の構成要件を刑法43条の規定に従って修正したものである。
 例えば、窃盗未遂罪の構成要件は、「他人の財物の占有を侵害する行為の実行に着手してこてを遂げなかった者」となる。

<障害未遂と中止未遂>

 未遂犯は、「遂げなかった」理由により、中止未遂「同条ただし書き」と傷害未遂とに分けられる。すなわち、中止未遂[中止犯]とは、「自己の意思により犯罪を中止した」場合をいい、傷害未遂とは、それ以外で未遂に終わった場合をいう。
 「未遂」という場合、狭義では傷害未遂をいい、広義では、傷害未遂と中止未遂を合わせたものをいう。

 傷害未遂の場合には、刑を減軽することが「できる」[同条本文]。すなわち、刑を減軽してもしなくともよく、裁判所の判断に委ねられる。これを「刑の任意的減軽事由である」という。
 これに対して、中止未遂の場合には、必ず刑を減軽又は免除「しなければならない」[同条ただし書き]。これを、中止未遂は「刑の必要的減免事由である」という。

ポイント

 傷害未遂→刑の減軽は任意的
 中止未遂→刑の減軽は必要的

<実行の着手1>

 未遂犯は、「犯罪の実行に着手」して、これを遂げなかった場合に成立する[43条]。
 実行の着手とは、実行行為を開始することをいう。実行の着手がなければ「予備・陰謀」にとどまるが、実行の着手があれば「未遂」となる。予備・陰謀は原則として処罰されず、例外的に処罰される場合は少ないから、「実行の着手」があるかないかは、重要な問題となる。
 どのような場合に実行の着手が認められるのかについては、学説上の争いがある。この問題は、未遂犯はなぜ処罰されるのか[未遂犯の処罰根拠]という問題と関わる。これについては、「客観的主義→実質的客観説」の流れで記憶しておけばよい。

≪未遂犯の処罰根拠≫

・主観主義・・・行為者の犯罪的意思の危険性に着目する。未遂犯が処罰されるのは、行為者の「危険な意思ないし性格」が外部に表れるからだと説明する。

・客観主義[通説]・・・行為者の客観的行為の危険性に着目する。未遂犯が処罰されるのは、行為者の行為に、法益侵害を発生させる客観的危険性が認められるからだと説明する。

※ただし、行為の客観的危険性を判断するための材料として、行為者の意思などの主観を考慮するのは許されると解されている。

≪実行の着手の意義≫

 未遂犯の処罰根拠についての主観主義と客観主義の対立に対応して、主観説と客観説が対立する。客観説は、更に、形式的客観説と実質的客観説に分かれる。

・主観説・・・実行の着手は、「行為者の犯意の飛躍的表動があるとき」に認められる。

・形式的客観説・・・実行の着手は、「構成要件に該当する行為、あるいは、それに密接する行為を開始したとき」に認められる。

・実質的客観説・・・実行の着手は、「行為者が結果発生の具体的危険性のある行為を開始したとき」に認められる。


<実行の着手時期の具体例〜殺人>

 人の生命に対する現実的危険性のある行為を開始した時点で、「実行の着手」が認められる。
 例えば、「Bが金槌でAを打撲する行為」が「人の生命に対する現実的危険性のある行為」にあたり、「BがAの頭部を強打すべく金槌を振り下ろした時点」で現実的危険性のある行為を開始したとして実行の着手があったと認められる。

※ 「金槌がAの頭部の一部に接触した時点」ではない。これでは遅すぎる。「人の頭に向かって金槌を振り下ろす行為」自体に人の生命に対する現実的危険性が認められるので、それを開始した時点で実行の着手を認めるべきだと解されている。

<Aに深い恨みをもつBが、ある日の夜中、人里離れた山中で、頭にろうそくを立て手に五寸釘を持ち、大木に向かって「Aよ、死ね!」と叫びながら、Aのわら人形を打ちつけていたところ、偶然通りかかったAがそれを見て尋常ではないBの様子に驚き、その場に卒倒した。卒倒しているAに気付いたBは、それを奇貨として、持っていた金槌でAの頭部を数回強打して、Aを死に至らしめた。

 実行の着手は、「BがAの頭部を強打すべく金槌を振り下ろした時点」で認められる。人の頭部を強打すべく金槌を振り下ろす行為は、人の生命に対する現実的危険性が認められるからである。

 「Bが山の中に踏み入った時点」「Bがわら人形に五寸釘を打ち込み呪文を唱え始めた時点」「Bが卒倒しているAに気づいてAに向かって一歩踏み出した時点」では、未だ結果発生の現実的危険性が生じたとは認められないから、「実行の着手」は認められない。
 「Bの振り下ろした金槌がAの頭部の一部に接触した時点」では、遅すぎる。被害者の頭部に接触しなくとも、人の生命に対する現実的危険性は十分に発生していると認められる。

<実行の着手時期の具体例〜窃盗>

 財物に対する他人の占有を侵害する行為ないしそれに密接に関連する行為を開始した時点。いつの時点で侵害行為が開始されたかは、行為の場所・状況や、財物の性質・形状などをもとに具体的に判断される。

[1] 住居侵入窃盗の場合

 判例は、他人の財物に対する事実上の支配を犯すについて密接な行為をした場合には、実行の着手が認められるとし、具体的には「金品物色のために箪笥に近づいた時点」に実行の着手が認められるとした。

※ 単に他人の住居に侵入するだけでは、「窃盗罪」の実行の着手は認められない[もちろん、住居侵入罪は既遂となる。]。

※ 土蔵の中の財物を窃盗しようとする場合には、「土蔵に侵入しようとした時点」で実行の着手が認められると解されている。
  学説によると、土蔵侵入窃盗の場合に住居侵入窃盗よりも早い時点で実行の着手が認められたのは、通常、土蔵は人の監視の目が少ないし、かつ、そこに侵入しさえすれば、直ちに財物の占有を奪うことができるからだと説明されている。

[2] すりの場合

 「他人のズボンのポケットにある財布を狙って、そのポケットの外側に手を触れた時点」に、実行の着手が認められる。

※ ただし、ポケット内に財布があるかないかを確かめる行為[いわゆる「当たり行為」であれば、実行の着手は認められないと解されている。]

<実行の着手時期の具体例〜強盗>

 強盗罪では、相手方の犯行を抑圧するに足りる程度の「暴行・脅迫」を行った時点で、実行の着手が認められる。

<間接正犯の実行の着手時期>

 「利用行為=実行行為」と解する見解によると、利用行為を開始した時点で「実行の着手」が認められる。

<着手未遂と実行未遂>

 43条本文は、犯罪の実行に着手して、これを「遂げなかった」、すなわち、犯罪の完成に至らなかった場合に未遂を認めている。この点で、未遂犯は、完成に至った犯罪である既遂犯と区別される。
 「遂げなかった」場合については、「着手未遂」と「実行未遂」という2つの形態がある。
 「着手未遂」とは、行為者の着手した実行行為が終了しなかった場合をいい、「実行未遂」とは、実行行為は終了したが、予期した構成要件的結果を生ずるに至らなかった場合をいう。
 例えば、人を殺す意思でライフル銃を向けたが引き金を引かなかった場合が、着手未遂であり、引き金を引いて弾丸がそれた場合が実行未遂である。

つづく・・・
ラベル:刑法
posted by 94条2項の類推適用されずじまい at 13:50| Comment(0) | 刑法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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